投稿者: はんふりぃ

  • AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか

    AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか


    前回、「何でもChatGPTに聞くようになった」と書いた。

    実際、最近の僕はかなり何でも聞いている。

    英語の文章を書けば、

    「これで通じる?」

    パソコンの画面で分からないことがあれば、スクリーンショットを送って、

    「これ、どこを押すの?」

    旅行を考えていればホテルのことを聞き、家電を買えば設定方法を聞く。

    以前ならGoogleで検索して、いくつものサイトを開いて調べていたようなことも、今ではまずChatGPTに聞く。

    では、それだけChatGPTを信用しているのか。

    これが、ちょっと面白い。

    かなり信用している。
    でも、全部は信用していない。

    僕の方が間違いに気づくこともある

    ChatGPTを長く使っていると、ときどき、

    「ん?」

    と思うことがある。

    たとえば数字を比較しているとき。

    ChatGPTがある解釈をしたのだけれど、数字を見れば、どう考えても逆ではないかと思ったことがある。

    そこで、

    「これ、むしろ増えているんじゃない?」

    と聞いてみる。

    すると、

    「その通りです」

    と答えが変わる。

    いやいや。

    さっきまで自信たっぷりに逆のことを言っていたじゃないか。

    こんなことは、一度や二度ではない。

    最初のころは、

    「AIなのに、そんなに簡単に間違えるのか」

    と思った。

    でも最近は、僕の方も慣れてきた。

    スクリーンショットを送ると、急に頼りになる

    一方で、驚くほど便利になったこともある。

    最近よくやるのが、画面をそのままChatGPTに見せることだ。

    パソコンの設定で分からない。

    アプリの操作が分からない。

    そんなとき、文章で状況を説明するのは結構面倒だ。

    だからスクリーンショットを送って、

    「これ、どうすればいい?」

    と聞く。

    すると、

    「その画面なら、ここを押して」

    という話になる。

    もちろん一発で解決しないこともある。

    「そんなボタンないよ」

    「こっちにもない」

    と、また画面を送る。

    そうやって二人で――一人とAIで、というべきか――少しずつ原因を探していく。

    最近、家の機器を設定したときもそうだった。

    最初は仕組みがよく分からなかったのに、実際に動かしながら何度も質問しているうちに、

    「ああ、そういうことか」

    と分かってきた。

    これは普通の検索とはかなり違う。

    英語については、かなり信用している

    僕が一番安心して任せているのは、英語かもしれない。

    このブログでも時々書いているけれど、僕はChatGPTとの会話の中で英作文をしている。

    間違っていれば直してもらう。

    もっと自然な表現があれば教えてもらう。

    最近は、日本語で質問したあとに英語でも同じことを書いてみるのが習慣になってきた。

    この使い方については、かなり信用している。

    なぜなら、正解か不正解かだけではなく、

    「意味は通じるけれど、普通はこう言う」

    というところまで教えてくれるからだ。

    これは僕にとって、かなり大きい。

    でも、予約や料金は自分の目で見る

    一方で、旅行の予約などは別だ。

    ホテルはいくらなのか。

    キャンセル条件はどうなのか。

    予約時にいくら支払うのか。

    こういうことはChatGPTにも聞くけれど、最後は必ず自分で予約画面を見る。

    料金は変わるし、条件も変わる。

    AIが間違えれば困る、というより、最後にお金を払うのは僕だからだ。

    考えてみれば当然である。

    ChatGPTを信用するのではなく、使い分ける

    最近になって、僕なりの使い方がだんだん決まってきた。

    英語や文章の相談は、かなり任せる。

    分からないことを理解するための説明も、まず聞いてみる。

    パソコンや家電で困ったら、画面を見せながら一緒に考える。

    でも、数字、料金、最新情報などは確認する。

    そして、

    「それ、本当?」

    と思ったら遠慮なく聞き返す。

    ChatGPTを使い始めたころの僕は、

    「AIは信用できるのか」

    と考えていた気がする。

    今は少し違う。

    「これは任せていい。これは自分でも確認した方がいい」

    その区別が、だんだん分かるようになってきた。

    ひょっとすると、AIを使うのが上手くなるというのは、質問の仕方が上手くなることだけではないのかもしれない。

    どこまで信用していいかが分かること。

    それも、AIを使う技術の一つなのだと思う。

  • AI-2 60代後半、ChatGPTの使い方がまた変わった

    AI-2 60代後半、ChatGPTの使い方がまた変わった


    ― GPTを作った僕が、いまは「Work」を使っている理由

    少し前まで、僕にとってChatGPTは「何でも相談できる相棒」だった。

    旅行の相談をする。
    英語を直してもらう。
    投資について意見を聞く。
    ブログの記事を一緒に考える。

    そして、仕事でも使う。

    60代後半になった今でも現役で働いている僕にとって、ChatGPTはいつの間にか、かなり日常的な存在になっていた。

    以前の記事「60代でChatGPTを相棒にしてみた」を書いた頃は、それだけでも十分に新しい体験だった。

    ところが、AIの世界は止まってくれない。

    こちらがようやく慣れたと思った頃には、また新しいものが出てくる。

    一度は「自分専用GPT」まで作ってみた

    ChatGPTを使い始めてしばらくすると、僕もGPTを一つ作った。

    自分の用途に合わせて指示を入れておけば、毎回細かく説明しなくても、自分向けのChatGPTとして使える。

    「これは便利だ」

    当時はそう思った。

    ところが最近、ふと気づいた。

    そのGPTをほとんど使っていない。

    別にGPTが役に立たなくなったわけではない。

    僕のChatGPTの使い方そのものが変わったのだ。

    2026年7月、「Work」が登場した

    2026年7月、ChatGPTに新しく「Work」という機能が登場した。

    僕がWorkを使うようになったのも、それからだ。

    最初に使ってみて感じたのは、

    「これは、今までのChatGPTとはちょっと違うな」

    ということだった。

    普通のChatGPTは、基本的には会話だ。

    質問すると答えてくれる。

    文章を渡せば直してくれる。

    もちろん、それだけでもかなり便利だ。

    でもWorkは、もう少し「仕事場」に近い。

    一つの仕事について資料を置き、何度も修正しながら、ある程度まとまった成果物まで作っていく。

    僕の場合、これが仕事で作る文書ととても相性がよかった。

    仕事の文書は、一問一答では終わらない

    仕事では、人との面談や打ち合わせの内容を記録し、それを文書としてまとめることがある。

    話した内容を整理する。

    その中から重要な部分を拾う。

    事実と意見を分ける。

    長すぎる文章を短くする。

    表現が強すぎれば直す。

    逆に、大事な部分が抜けていれば戻す。

    最後には、さらに数行の要約を作ることもある。

    これは、

    「質問を一つして、答えをもらって終わり」

    という仕事ではない。

    何度も行ったり来たりする。

    「ここはもう少し短く」

    「この表現では断定しすぎ」

    「この部分は大事だから残そう」

    そんなやり取りを繰り返しながら、一つの文書を仕上げていく。

    こういう作業では、普通のチャットよりWorkの方が僕には使いやすかった。

    気がつけば、仕事ではかなり自然にWorkを開くようになっていた。

    そして、以前作ったGPTを使う機会は減っていった。

    AIについていこうとすると疲れる

    ChatGPTを使い始めてから、まだそれほど長い年月が経ったわけではない。

    それなのに、

    GPTが出て、

    画像が作れるようになり、

    音声で話せるようになり、

    検索ができるようになり、

    そしてWorkが出てきた。

    正直なところ、全部を理解しようとしたら大変だ。

    まして60代後半である。

    新しい機能が出るたびに、

    「また覚えるのか」

    と思うこともある。

    でも最近は、少し考え方が変わった。

    全部覚える必要なんてない。

    自分の生活や仕事で便利なものだけ使えばいい。

    GPTを作ったからといって、ずっと使い続ける必要もない。

    もっと自分に合うものが出てきたら、そちらを使えばいい。

    パソコンでもスマートフォンでも同じだったはずだ。

    大事なのは、機械のすべてを理解することではなく、

    自分がやりたいことに使えるかどうか。

    「AIを使う」から「AIと仕事をする」へ

    AI-1を書いた頃、僕にとってChatGPTは「相棒」だった。

    今もそれは変わらない。

    ただ、その相棒との付き合い方が少し変わった。

    以前は、

    「これについて教えて」

    と聞くことが多かった。

    今は仕事になると、

    「これを一緒に完成させよう」

    に近くなっている。

    質問する相手から、一緒に作業する相手へ。

    僕にとってWorkは、その変化を一番感じさせた機能だった。

    60代後半になってAIを使っていて思う。

    若い人より早く覚える必要はない。

    新しい機能を全部追いかける必要もない。

    使ってみて、自分に合えば残す。

    合わなければ使わない。

    そして、もっと便利なものが出てきたら乗り換える。

    それくらいでいいのだと思う。

    AIの進化はものすごく速い。

    たぶん半年後には、僕はまた別の使い方をしているかもしれない。

    そのときはまた、

    「ChatGPTの使い方が、また変わった」

    と書くことになるのだろう。


    →AI-3 何でもChatGPTに聞くようになった

  • AI-3 何でもChatGPTに聞くようになった

    AI-3 何でもChatGPTに聞くようになった


    ― 自分で考えなくなっていないか?

    最近、何かあるとすぐChatGPTに聞いている。

    旅行の計画を立てるとき。

    買い物で迷ったとき。

    英語の表現がわからないとき。

    パソコンやスマートフォンで困ったとき。

    仕事で文章をまとめるとき。

    そして、このブログを書くときもそうだ。

    気がつけば、

    「ちょっとChatGPTに聞いてみよう」

    が、かなり自然な行動になっている。

    便利である。

    本当に便利だ。

    でも、あるときふと思った。

    これ、自分で考えなくなっていないか?

    昔なら、もう少し自分で考えていた

    たとえば旅行。

    昔なら、ガイドブックを読む。

    地図を見る。

    ホテルを調べる。

    候補をいくつか並べて、妻と相談する。

    それなりに時間をかけて決めていた。

    今は違う。

    「この二つならどっちがいい?」

    とChatGPTに聞く。

    すると、

    移動時間、

    料金、

    食事、

    周辺環境、

    それぞれのメリット、デメリットまで整理してくれる。

    こちらが思いつかなかった選択肢まで出してくることもある。

    買い物でも同じだ。

    「これとこれ、どっちがいい?」

    と写真を見せれば、違いを整理してくれる。

    便利になった代わりに、

    自分で一から調べる時間は確実に減った。

    「考える」と「調べる」は同じなのか

    ここで少し考えた。

    僕は本当に、考えなくなったのだろうか。

    確かに、

    自分で調べることは減った。

    でも、

    自分で決めることまで減っただろうか。

    これは少し違う気がする。

    ChatGPTは、候補を出してくれる。

    比較してくれる。

    見落としている点も教えてくれる。

    でも、

    どちらを選ぶかは僕が決めている。

    旅行なら、

    効率だけで決めるわけではない。

    多少遠くても、また行きたい場所がある。

    値段が少し高くても、こちらのホテルの方が好きだということもある。

    食事でも、

    「こちらの方が一般的には評判がいい」

    と言われても、

    「いや、僕はこっちが好きだ」

    ということは普通にある。

    AIが合理的な答えを出しても、

    人間は必ずしも合理的には選ばない。

    そして、それでいいのだと思う。

    ChatGPTに反対意見を聞く

    最近、僕が面白いと思っている使い方がある。

    自分の考えがあるとき、

    単に、

    「どう思う?」

    と聞くだけではなく、

    「この考えの弱いところは?」

    と聞く。

    あるいは、

    「反対の立場から考えるとどうなる?」

    と聞く。

    すると、自分では気づかなかった問題が出てくる。

    「なるほど、そういう見方もあるのか」

    と思う。

    それでも自分の考えが変わらないこともある。

    逆に、

    「そこまで考えていなかった」

    と考え直すこともある。

    これは、自分で考えることをやめているというより、

    考える相手を一人増やした

    という方が近いのかもしれない。

    AIの答えにそのまま乗らない

    もちろん、危ないところもある。

    ChatGPTは、ときどき間違う。

    かなり自信ありげに間違うこともある。

    こちらが、

    「本当に?」

    と聞くと、

    「申し訳ありません。先ほどの回答は誤りでした」

    などと言う。

    だったら最初から言ってくれ、と思う。

    だから、重要なことは確認する。

    特に、

    お金、

    法律、

    医療、

    仕事上の重要な判断。

    こういうものは、

    ChatGPTの答えだけで決めるわけにはいかない。

    AIは便利だけれど、

    最後の責任まで取ってくれるわけではない。

    ブログもChatGPTと一緒に書いている

    このブログも、かなりChatGPTと一緒に作っている。

    僕がテーマを出す。

    自分の経験を話す。

    ChatGPTが文章にする。

    それを読んで、

    「これは僕の言い方じゃない」

    「ここは少し格好をつけすぎ」

    「これは本当にそう思っている」

    などと直していく。

    最初から最後まで自分一人で書いていた頃とは、確かに違う。

    でも、不思議なことに、

    ChatGPTに文章を書いてもらうようになってから、

    以前より、

    「自分は本当はどう思っているんだろう」

    と考えることが増えた気もする。

    AIが文章にしてくれるから、

    それを読んで、

    違う、

    そうじゃない、

    いや、これはその通りだ、

    と判断できる。

    一人で白い画面を見ながら考えるより、

    何かが書いてある方が、自分の考えが見えてくることもある。

    自分で考えなくなったのではなく

    今のところ、僕の答えはこうだ。

    ChatGPTを使うようになって、

    自分で調べる時間は減った。

    最初の文章を書く時間も減った。

    でも、

    自分で考える必要がなくなったわけではない。

    むしろ、

    AIがいろいろな答えを出してくるからこそ、

    「自分はどれを選ぶのか」

    が以前より大切になった。

    AIに聞く。

    AIの答えを読む。

    疑う。

    比べる。

    そして最後は、自分で決める。

    たぶん、この順番を忘れなければいい。

    ChatGPTに考えてもらうのではなく、

    ChatGPTを使って、自分の考えを深める。

    そんな使い方なら、

    何でもChatGPTに聞く生活も、

    悪くないのではないかと思っている。


    →AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか

  • 7-8 第8話 それでも残った疑問

    7-8 第8話 それでも残った疑問


    私は、この問題から少しずつ離れていった。

    だが、疑問が消えたわけではなかった。

    むしろ、最後まで残った疑問は一つに絞られていった。

    約1,455万円は、結局、誰が受け取ったのか。

    K社長の話が、すべて正しかったとは今でも思っていない。

    出来事から十五年以上が経っていた。

    記憶違いもあっただろう。

    話の中には、つじつまの合わないところもあった。

    預金総額は約1,455万円なのに、なぜ約1,000万円を振り込むという説明だったのか。

    残りの約455万円はどうする話だったのか。

    「白紙の領収証」と呼んでいたものは、本当に領収証だったのか。

    行員Aは、本当に6月8日に退職したのか。

    2019年の支店訪問で、本当に実印が執務室へ持ち込まれたのか。

    支店長は本当に、

    「Kさん、金、下ろしたんじゃないの?」

    と言ったのか。

    どれも、私がその場で確認したことではない。

    K社長から聞いた話である。

    だから、それらを銀行側の事実として書くことはできない。

    一方で、資料によって確認できたこともあった。

    2006年6月8日。

    普通預金1,354万6,120円。

    定期預金100万円。

    合計1,454万6,120円。

    その全額が、通帳の上では払い戻されている。

    残高はゼロになっていた。

    そしてK社長は、

    「自分は一円も受け取っていない」

    と言い続けた。

    もしK社長の記憶違いだったのなら、それでもよかった。

    本人が現金を受け取った記録があれば、それを見れば終わる。

    別口座へ送ったのであれば、送金先を確認すればよい。

    第三者が正規に受け取ったのであれば、その記録があればよい。

    ところが、その一番単純な確認が最後までできなかった。

    私は、銀行員が横領したと決めつけたくなかった。

    一方で、

    「回答済みである」

    という言葉だけで、

    「K社長の勘違いだった」

    と片づけることもできなかった。

    私が知りたかったのは、犯人ではない。

    事実だった。

    2006年6月8日。

    あの日、口座から払い戻された約1,455万円は、どこへ行ったのか。

    その疑問は、結局残った。


    → 「第9話_もう、聞くことはできない」へ

  • 7-7 第7話 打つ手がなくなっていった

    7-7 第7話 打つ手がなくなっていった


    銀行の回答書を確認することはできなかった。

    警察へ渡した資料も、手元にはなかった。

    払戻伝票も見ることができない。

    それでも私は、しばらくの間、この問題をもう少し追えるのではないかと思っていた。

    だが、現実には次第に難しくなっていった。

    一番大きかったのは、K社長自身がほとんど動けなくなっていたことだった。

    銀行へ行く。

    弁護士に会う。

    静岡県側の警察へ相談に行く。

    どれも、本人の協力なしには進めにくい。

    私は正式な代理人でもなければ、家族でもない。

    知人として資料を整理し、問い合わせを手伝うことはできても、本人に代わってすべてを進めることはできなかった。

    全国銀行協会まで相談すれば、さすがに何かは動く。

    私は、どこかでそう思っていた。

    だが、結果は変わらなかった。

    では、次に何をすればいいのか。

    弁護士に改めて動いてもらうのか。

    K社長に静岡県側の警察へ行ってもらうのか。

    訴訟まで考えるのか。

    そこまで行けば、もはや私が知人として少し手伝うという範囲を超えていた。

    しかも、その頃にはK社長自身がほとんど自由に動けなくなっていた。

    正直に言えば、私自身も少し腰が引けていた。

    もう一つ、大きなきっかけがあった。

    私の勤務先が、新宿から神田へ移ったのである。

    それまでは、K社長の事務所がある新宿が、私の日常の動線の中にあった。

    仕事の帰りに寄る。

    少し顔を出す。

    一緒にビールを飲みながら話を聞く。

    そういうことが簡単にできた。

    ところが、勤務先が神田へ移ると、新宿は「わざわざ行く場所」になった。

    ほんの少しの距離の違いである。

    だが、人間の付き合いというのは、そんな小さな変化で意外なほど変わる。

    「今日は寄ってみよう」

    と思う機会が減った。

    K社長からも、以前ほど頻繁に連絡が来なくなった。

    私からも、銀行の件について積極的に動くことが減った。

    忘れたわけではなかった。

    ただ、

    この問題は、もう自分の力では解決できないのかもしれない。

    そう思うようになっていた。

    最後にいつ会ったのか。

    最後にいつ電話で話したのか。

    今となっては、正確には思い出せない。

    連絡を取らない時間だけが、少しずつ長くなっていった。


    → 第8話_「それでも残った疑問」へ

  • 7-6 第6話 確認できなかった回答書

    7-6 第6話 確認できなかった回答書


    銀行は、回答書を送ったと言う。

    K社長は、見ていないと言う。

    その間にいたのが、弁護士Dだった。

    私はK社長に、弁護士Dへ連絡し、銀行から届いた回答書が残っていないか確認してもらうよう頼んだ。

    だが、話はなかなか進まなかった。

    「先生には、前に頼んだんですよ」

    「何て言っていましたか」

    「探してみるって言ってたかな」

    「回答書はあったんですか」

    「そこが、よく分からないんですよ」

    K社長の説明は、どうしても曖昧だった。

    当時のK社長はすでに足が悪く、体調にも波があった。

    一方、弁護士Dもかなり高齢だった。

    何年も前の案件だった。

    書面が事務所に残っているのか。

    K社長へすでに渡していたのか。

    どこかに紛れてしまったのか。

    正確なことは分からなかった。

    私は正式な代理人ではない。

    K社長の知人として資料の整理を手伝っているだけである。

    弁護士には守秘義務もある。

    私が直接聞けば何でも教えてもらえるという話でもなかった。

    結局、その回答書を私は見ることができなかった。

    もう一つ、手がかりになりそうな資料があった。

    2019年にK社長が支店を訪れた際、銀行から渡されたという書類である。

    支店内で見せられたものとは違っていた、とK社長が話していたコピーだった。

    K社長は、その書類を原宿警察署へ持っていき、相談していた。

    問題の銀行支店は静岡県内にある。

    そのため原宿警察署からは、

    「管轄外なので、静岡県側の警察へ相談してください」

    という趣旨の説明を受けたという。

    K社長の話では、熱海警察署へ行くよう案内された。

    そして、原宿警察署へ渡した関係書類は、K社長の手元には戻ってこなかった。

    被害届が正式に受理されたのかどうか。

    そこは、今となっては私にもはっきりしない。

    ただ、K社長が警察へ書類を持ち込み、その後、その資料を自分では持っていなかったことは覚えている。

    もし手元に残っていれば、私自身が後から確認できたかもしれない。

    K社長が原宿警察署を頼ったのには、理由があった。

    以前、地元で起きたトラブルの解決に協力し、原宿警察署から表彰を受けたことがあったという。

    その表彰状は、私も実際に見たことがある。

    だからK社長には、

    「以前は自分が警察に協力したのに、自分が困ったときには助けてもらえない」

    という思いがあったようだった。

    「表彰状なんか、破いてしまおうかと思った」

    そんなことも言っていた。

    怒り半分、寂しさ半分だったのかもしれない。

    銀行の回答書は、弁護士のところにあるかもしれない。

    支店から渡された資料は、警察にあるかもしれない。

    払戻しの記録は、銀行にあるかもしれない。

    だが、私たちの手元にはない。

    残っているのは、残高がゼロになった通帳と、K社長の記憶だった。

    私は、この問題をどこまで追うべきなのか、少しずつ迷い始めていた。


    → 第7話_「打つ手がなくなっていった」へ

  • 7-9 第9話 もう、聞くことはできない

    7-9 第9話 もう、聞くことはできない


    2026年8月。

    私は、久しぶりにK社長のことを思い出した。

    ずいぶん長く連絡を取っていない。

    どうしているだろうか。

    私は、彼の会社へ電話をかけた。

    電話に出たのは、最後まで会社に残っていた従業員だった。

    私は尋ねた。

    「K社長、いらっしゃいますか」

    少し間があった。

    そして、

    「社長は、もう二年以上前に亡くなりました」

    と返ってきた。

    第1話の冒頭に書いた、あの言葉である。

    だが、そのときの私は、すぐには言葉が出なかった。

    亡くなる前、K社長は弟に電話をかけ、

    「痛い、痛い」

    と訴えていたという。

    翌日、弟が部屋を訪ねたときには、すでに亡くなっていた。

    葬儀は家族だけでひっそり行われた。

    私は何も知らなかった。

    もっと早く電話していれば。

    そう思わなかったと言えば嘘になる。

    だが同時に、当時の自分が、この問題をどう進めればいいのか分からなくなっていたことも事実だった。

    銀行へ問い合わせた。

    消費者センターにも相談した。

    全国銀行協会にも話を持ち込んだ。

    回答書を探した。

    警察へ渡した資料も確認できなかった。

    K社長自身も、ほとんど動けなくなっていた。

    そして私も、少しずつこの問題から離れていった。

    だから、

    「もっと何かできたはずだ」

    と簡単に言うこともできない。

    それでも、K社長が亡くなったと聞いたとき、一つだけ強く思った。

    もう、本人に確かめることはできない。

    2006年6月8日、支店で何があったのか。

    「白紙の領収証」と呼んでいた書類は、本当は何だったのか。

    約1,000万円を振り込むという話の残り、約455万円について、どんな説明を受けたのか。

    2019年、支店で見せられた書類と、持ち帰ったコピーは、具体的にどこが違っていたのか。

    実印を銀行員が持って執務室へ入ったという話も、もっと詳しく聞いておけばよかった。

    そして何より、

    本当に、一円も受け取っていないのか。

    その答えを、私はもう本人から聞くことができない。

    通帳の上では、約1,455万円は確かに払い戻されている。

    K社長は、

    「自分は受け取っていない」

    と言い続けた。

    銀行は、

    「すでに回答済みである」

    と繰り返した。

    だが、その回答書を、私は最後まで見ることができなかった。

    今となっては、どちらが正しかったのかを断定することはできない。

    K社長の記憶違いだったのかもしれない。

    正規の手続によって、誰かに支払われていたのかもしれない。

    あるいは、本当に銀行内部で何かが起きていたのかもしれない。

    私には分からない。

    ただ一つだけ、今も変わらない疑問がある。

    2006年6月8日。

    あの日、口座から払い戻された約1,455万円は、

    いったい、誰が受け取ったのか。

    その答えを知ることなく、K社長は亡くなった。

    そして私は、その答えを本人に確かめることも、もうできなくなった。

  • 7-5 第5話 「回答書は送っています」

    7-5 第5話 「回答書は送っています」


    銀行との直接のやり取りだけでは、話が前へ進まなかった。

    そこで私は、銀行以外の相談窓口を探した。

    2022年10月13日。

    消費者センターに連絡した。

    しかし、

    「事件性のあるものは扱えない」

    という回答だった。

    翌10月14日。

    私は、全国銀行協会の相談室へ連絡した。

    銀行との取引に関する相談や苦情を扱う窓口である。

    私はこれまでの経緯を説明し、銀行の回答書をもう一度確認できるようにしてほしいと頼んだ。

    知りたいことは、最初から変わっていない。

    約1,455万円は、誰に、どのように支払われたのか。

    本人が受け取ったというのであれば、その根拠は何なのか。

    そして、2006年6月8日に行員Aは本当に退職したのか。

    全国銀行協会を通じて話をすれば、これまでとは違う具体的な説明が出てくるかもしれない。

    私は期待していた。

    四日後の10月18日。

    銀行から連絡があった。

    その趣旨は、

    以前、代理人の弁護士宛てに回答書を送付している。

    したがって、本人側にはすでに回答済みである。

    というものだった。

    私は、また同じ場所へ戻ってきたような気がした。

    銀行は、

    「回答書を送った」

    と言う。

    K社長は、

    「持っていない」

    と言う。

    回答書をもう一度送ってほしいと頼んでも、

    「すでに送っている」

    という説明が返ってくる。

    もちろん、銀行側から見れば、正式な代理人である弁護士へ書面を送った時点で、回答は完了しているのかもしれない。

    同じ書面を何度も送る義務があるのかどうかも、私には分からない。

    だが、K社長本人は、預金が誰に支払われたのか分からないままだった。

    私も分からない。

    回答書の中には、その答えが書かれているのかもしれない。

    あるいは、

    「銀行に返金義務はない」

    という結論しか書かれていないのかもしれない。

    それを確かめるには、実物を見るしかなかった。

    そこで私は、今度はその回答書が送られたという弁護士を確認する必要があると考えた。

    ここでは、その弁護士を「弁護士D」としておく。

    存在すると言われている一通の回答書。

    それを探すことになった。

    → 第6話_「確認できなかった回答書」へ

    第5話 「回答書は送っています」

    銀行との直接のやり取りだけでは、話が前へ進まなかった。

    そこで私は、銀行以外の相談窓口を探した。

    2022年10月13日。

    消費者センターに連絡した。

    しかし、

    「事件性のあるものは扱えない」

    という回答だった。

    翌10月14日。

    私は、全国銀行協会の相談室へ連絡した。

    銀行との取引に関する相談や苦情を扱う窓口である。

    私はこれまでの経緯を説明し、銀行の回答書をもう一度確認できるようにしてほしいと頼んだ。

    知りたいことは、最初から変わっていない。

    約1,455万円は、誰に、どのように支払われたのか。

    本人が受け取ったというのであれば、その根拠は何なのか。

    そして、2006年6月8日に行員Aは本当に退職したのか。

    全国銀行協会を通じて話をすれば、これまでとは違う具体的な説明が出てくるかもしれない。

    私は期待していた。

    四日後の10月18日。

    銀行から連絡があった。

    その趣旨は、

    以前、代理人の弁護士宛てに回答書を送付している。

    したがって、本人側にはすでに回答済みである。

    というものだった。

    私は、また同じ場所へ戻ってきたような気がした。

    銀行は、

    「回答書を送った」

    と言う。

    K社長は、

    「持っていない」

    と言う。

    回答書をもう一度送ってほしいと頼んでも、

    「すでに送っている」

    という説明が返ってくる。

    もちろん、銀行側から見れば、正式な代理人である弁護士へ書面を送った時点で、回答は完了しているのかもしれない。

    同じ書面を何度も送る義務があるのかどうかも、私には分からない。

    だが、K社長本人は、預金が誰に支払われたのか分からないままだった。

    私も分からない。

    回答書の中には、その答えが書かれているのかもしれない。

    あるいは、

    「銀行に返金義務はない」

    という結論しか書かれていないのかもしれない。

    それを確かめるには、実物を見るしかなかった。

    そこで私は、今度はその回答書が送られたという弁護士を確認する必要があると考えた。

    ここでは、その弁護士を「弁護士D」としておく。

    存在すると言われている一通の回答書。

    それを探すことになった。


    → 第6話_「確認できなかった回答書」へ

  • 7-4 第4話 銀行への手紙

    7-4 第4話 銀行への手紙


    私は、K社長から聞いた話を一枚の文書にまとめた。

    銀行に確認したかったことは、三つだった。

    一つ目。

    行員Aは、本当に2006年6月8日に退職したのか。

    二つ目。

    同日付で全額払い戻された預金について、払戻伝票や送金記録は残っているのか。

    三つ目。

    K社長が、その約1,455万円を受け取ったことを示す記録はあるのか。

    私が求めたのは、それだけだった。

    約1,455万円を返してほしい、と要求したわけではない。

    行員Aが横領した、と決めつけたわけでもない。

    本人は、

    「受け取っていない」

    と言っている。

    一方、通帳上では預金は全額払い戻されている。

    ならば、その金が誰に、どのような方法で支払われたのか。

    そこを確認したかった。

    もちろん、問題の手続は2006年のことである。

    すでに十五年以上が経っていた。

    保存期間が過ぎ、当時の伝票が残っていない可能性もあった。

    それなら、それでもよかった。

    「記録が残っていない」

    というのも、一つの回答である。

    この銀行について、もう一つ書いておかなければならない。

    私がK社長から本格的に相談を受けた頃、この銀行は、すでに大規模な不正融資問題で社会の厳しい批判を浴びていた。

    もちろん、その問題とK社長の預金の問題は別である。

    過去に不祥事を起こした銀行だからといって、今回も不正があったと決めつけることはできない。

    ただ、

    「銀行員に金を取られた」

    と聞いたとき、その銀行をめぐる過去の問題が頭に浮かばなかったと言えば嘘になる。

    だからこそ、逆に記録で確認したかった。

    ところが、銀行から返ってきた回答は、私が期待していたものとは違っていた。

    その趣旨は、おおむね、

    この件については、すでに本人側へ回答している。

    銀行として、これ以上払い戻しに応じる理由はない。

    というものだった。

    私は少し戸惑った。

    こちらは、まず事実関係を確認したかったのである。

    それに対する答えが、

    「すでに回答済みです」

    だった。

    では、その回答を見ればよい。

    私はK社長に尋ねた。

    「銀行から、以前に正式な回答書をもらっているんですか」

    「いや、もらってないと思いますよ」

    「弁護士の先生には届いていませんか」

    「分からないですね」

    K社長は以前、この件を弁護士に相談していた。

    銀行の説明によれば、その弁護士宛てに回答書を送っているという。

    だが、K社長の手元にはなかった。

    私も見ることができなかった。

    銀行が回答書を送ったという話自体を、私は疑っていたわけではない。

    正式な代理人である弁護士へ回答していたのかもしれない。

    問題は、その中身を確認できないことだった。

    ならば、その回答書をもう一度送ってもらえばいい。

    私はそう考えた。


    → 第5話_「回答書は送っています」へ

  • 7-2 第2話 白紙の領収証

    7-2 第2話 白紙の領収証


    「白紙の領収証に、実印を押したんですか」

    私は思わず、もう一度聞き返した。

    「そうだよ。銀行の人が必要だと言ったから」

    K社長は、何でもないことのように答えた。

    何でもないはずがない。

    金額も、支払先も、使い道も書かれていない書類に名前を書き、実印を押して渡す。

    普通なら、絶対にしてはいけないことだった。

    だが、これは道端で見知らぬ男に頼まれた話ではない。

    銀行の支店内で、銀行員から、

    「手続に必要です」

    と言われたのである。

    相手が銀行員であれば、正式な書類だと思ってしまう。

    もちろん、だからといって白紙の書類に実印を押してよいことにはならない。

    K社長自身も、後になって、

    「自分にも落ち度はあった」

    と認めていた。

    ただ、そもそもその紙が本当に一般的な「領収証」だったのかは分からない。

    銀行所定の払戻請求書だったのか。

    別の手続書類だったのか。

    現物は残っていない。

    K社長が一貫して「白紙の領収証」と呼んでいただけである。

    話は、2006年5月30日に遡る。

    身寄りのない男性が亡くなった後、K社長は、その人が残した遺言に基づいて預金を受け取るため、弁護士とともに伊豆にある地方銀行の支店を訪れた。

    預金は、

    普通預金1,354万6,120円。

    定期預金100万円。

    合計1,454万6,120円。

    窓口では、手続に必要な裁判所関係の書類などを持ってくるよう説明されたという。

    9日後の6月8日。

    今度は税理士を伴い、再び支店を訪れた。

    持参したのは、裁判所関係の書類、実印、印鑑証明などだった。

    その日、対応した銀行員を、ここでは「行員A」としておく。

    K社長の説明によると、行員Aは、持参した書類に加えて、白紙の書類にも記名し、実印を押すよう求めた。

    理由は、

    「銀行内部の手続に必要だから」

    というものだった。

    K社長は、その指示に従った。

    「その書類の控えはなかったんですか」

    私が尋ねても、手元には残っていなかった。

    その日の説明では、別の支店にK社長名義の新しい口座を作り、そこへ金を移すことになっていたという。

    内部決裁には10日ほどかかる。

    その後、約1,000万円と利息を振り込む。

    K社長は、そう説明されて東京へ戻った。

    ここに、一つ分からないことがある。

    預金総額は約1,455万円だった。

    ところが、振り込むと説明された金額は約1,000万円。

    残りの約455万円はどうする話だったのか。

    現金で渡す予定だったのか。

    別の処理をする予定だったのか。

    K社長に聞いても、はっきりした答えは返ってこなかった。

    十五年以上前の出来事である。

    本人の記憶が混乱していた可能性もある。

    説明を聞き違えていた可能性もある。

    そもそも、最初から預金全額を移す話ではなかったのかもしれない。

    だが、後になって通帳を確認すると、2006年6月8日付で、普通預金も定期預金も全額が払い戻されていた。

    そして、その約10日後。

    支店の別の銀行員から、K社長へ電話があったという。

    「行員Aは、6月8日に退職しました。今後は私が担当します」

    私は、その日付に目を止めた。

    6月8日。

    K社長が支店を訪れた日。

    白紙の書類に実印を押したとされる日。

    預金全額が払い戻された日。

    そして、担当銀行員が退職したと説明された日。

    すべてが同じ日だった。

    「本当に、その日に退職したんですか」

    私は尋ねた。

    「そう聞いたんだよ」

    K社長は答えた。

    だが、それを裏付ける資料はなかった。

    だから、この時点では何も断定できない。

    本人が正規に預金を受け取っていた可能性もある。

    別の口座へ送金されていた可能性もある。

    手続に関わった第三者を通じて処理されていた可能性も否定できない。

    だが、確認する方法はあるはずだった。

    誰に支払ったのか。

    どこへ送金したのか。

    誰の署名や押印によって払い戻したのか。

    そして行員Aは、本当にその日に退職したのか。

    銀行の記録を確認すれば分かるはずだった。

    しかし、K社長はその後、すぐには支店へ戻らなかった。

    新しい担当者を名乗る銀行員から、

    「印鑑証明を持って、もう一度支店へ来てほしい」

    と何度も言われたという。

    K社長は、東京の支店へ送金してほしいと頼んだ。

    しかし、

    「それはできない。一度こちらへ来てほしい」

    と言われ続けた。

    その頃には足も悪くなっていた。

    しかも、金に困っていたわけではない。

    銀行にある金が消えるはずはない。

    いつか足が良くなったら行けばいい。

    そう思っているうちに、年月が過ぎた。

    「銀行だから、安心してたんだよ」

    K社長は、そう言った。

    白紙の書類に実印を押したことも。

    長年、通帳を確認しなかったことも。

    本人の不注意と言えば、そのとおりだった。

    だが、その不注意の根底には、

    銀行なら信用できる。

    銀行員が言うなら間違いない。

    という感覚があったのだろう。

    その信頼が正しかったのか。

    それとも、K社長の記憶の方が間違っていたのか。

    答えは、まだ分からなかった。

    そして十数年後。

    K社長は、再びその支店へ向かうことになる。


    → 第3話_「消えていた預金」へ