7-3 第3話 消えていた預金


2019年5月23日。

K社長は、十三年ぶりに伊豆の支店を訪れた。

足は以前より悪くなっており、一人で長距離を移動するのは難しかった。

そこで、別の友人に付き添ってもらい、東京から支店へ向かった。

私も当時、この支店訪問についてK社長から話を聞いていた。

ただ、

「一緒に来てほしい」

と同行を頼まれたのか、

それとも単に、

「今度、支店へ行ってくる」

と聞いていただけなのか。

その点は、今となってははっきり覚えていない。

いずれにしても、私は同行していない。

支店でK社長が面談したのは、支店長と、以前から連絡を取っていた銀行員だった。

ここでは、支店長を「支店長B」、もう一人を「行員C」としておく。

K社長の説明によれば、その席で支店長Bが言った。

「Kさん、金、下ろしたんじゃないの?」

K社長は、その言葉を何度も私に話した。

本人は一円も受け取っていないと訴えている。

もし本当に、その訴えに対する言葉が、

「自分で下ろしたんじゃないのか」

だったとすれば、かなり乱暴に聞こえる。

だが、私はその場にいなかった。

その言葉を直接聞いたわけではない。

私が知っているのは、K社長がそう話していた、ということだけである。

さらに、行員Cからは、

「裁判をするか」

と言われたという。

これも正確な意味は分からない。

「銀行の説明に納得できないなら、裁判を起こせばいい」

という意味だったのか。

「裁判にするつもりなのか」

と確認しただけなのか。

あるいは別の文脈だったのか。

録音も面談記録も残っていない。

ただ、この面談をきっかけに、K社長の認識は大きく変わったようだった。

それまでは、

手続が途中で止まっているだけだ。

足が良くなれば支店へ行けばいい。

銀行にある金が消えるはずはない。

そう思っていた。

ところが、十数年ぶりに支店を訪れ、

「自分で下ろしたんじゃないのか」

と言われた。

そのとき初めて、

手続が止まっているのではない。

預金そのものが、もうない。

そう考えるようになったのだと思う。

面談では、銀行内部の書類をいくつか見せられたという。

どんな書類だったのか。

払戻伝票だったのか。

本人確認資料だったのか。

送金記録だったのか。

K社長の説明だけでは、はっきりしなかった。

帰り際には、それらのコピーを渡された。

ところが、帰路の車の中で確認すると、

「支店で見せられたものと違う」

と感じたという。

「何が違ったんですか」

私が尋ねても、説明は曖昧だった。

ページが違ったのか。

一部が抜けていたのか。

別の書類だったのか。

細部は分からなかった。

しかも、そのコピーは後に警察へ渡したため、手元には残っていなかった。

私は、その話を聞きながら、もどかしさを感じていた。

本当に違う書類だったのなら、なぜその場で確認しなかったのか。

なぜ写真を撮らなかったのか。

なぜコピーをもう一部残さなかったのか。

だが、当時のK社長はすでに高齢で、足も悪かった。

銀行まで行くだけでも大仕事だったはずだ。

もう一つ、私が驚いた話があった。

面談の途中、K社長がトイレに立った。

その際、実印を銀行員に預けたままにしていたという。

戻ってみると、実印は手元になく、銀行員が執務室へ持っていっていた。

そのためK社長は後になって、

自分の知らない書類に、印鑑を押されたのではないか。

と疑っていた。

私は驚いて聞き返した。

「戻ってきたら、実印が手元になかったんですか」

「そうなんですよ。ただ、何か説明されて、その場では納得してしまったんです」

正確な言葉までは覚えていないが、私たちの会話はおおむねそんな内容だった。

K社長が声を荒らげたわけではない。

むしろ、

「何でその場で納得してしまったんでしょうね」

と、自分でも困ったように振り返っていた。

もちろん、本当に銀行員が実印を持って執務室へ入ったのか。

そこで何が行われたのか。

何かの書類に押印されたのか。

確認できる資料はない。

普通に考えれば、にわかには信じ難い。

だからこそ、記録を確認する必要があった。

通帳には、2006年6月8日付で、普通預金と定期預金の全額が払い戻された記録が残っていた。

残高はゼロ。

そこだけは、K社長の記憶ではない。

問題は、その金を誰が受け取ったのかである。

私はK社長に何度も確認した。

「本当に現金を受け取っていませんか」

「受け取ってないですよ」

「別の口座に入っていませんか」

「それもないです」

「弁護士か税理士が受け取った可能性は?」

「ないと思いますよ」

「昔のことで、忘れている可能性はありませんか」

「いや、それはないですよ」

ほぼ毎回、同じ答えだった。

ならば、銀行に確認するしかない。

「銀行の本部へ、正式に確認してもらいましょう」

私はK社長に言った。

記憶ではなく、記録を確認する必要がある。

私は、これまで聞いた話を整理し始めた。


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