AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか


前回、「何でもChatGPTに聞くようになった」と書いた。

実際、最近の僕はかなり何でも聞いている。

英語の文章を書けば、

「これで通じる?」

パソコンの画面で分からないことがあれば、スクリーンショットを送って、

「これ、どこを押すの?」

旅行を考えていればホテルのことを聞き、家電を買えば設定方法を聞く。

以前ならGoogleで検索して、いくつものサイトを開いて調べていたようなことも、今ではまずChatGPTに聞く。

では、それだけChatGPTを信用しているのか。

これが、ちょっと面白い。

かなり信用している。
でも、全部は信用していない。

僕の方が間違いに気づくこともある

ChatGPTを長く使っていると、ときどき、

「ん?」

と思うことがある。

たとえば数字を比較しているとき。

ChatGPTがある解釈をしたのだけれど、数字を見れば、どう考えても逆ではないかと思ったことがある。

そこで、

「これ、むしろ増えているんじゃない?」

と聞いてみる。

すると、

「その通りです」

と答えが変わる。

いやいや。

さっきまで自信たっぷりに逆のことを言っていたじゃないか。

こんなことは、一度や二度ではない。

最初のころは、

「AIなのに、そんなに簡単に間違えるのか」

と思った。

でも最近は、僕の方も慣れてきた。

スクリーンショットを送ると、急に頼りになる

一方で、驚くほど便利になったこともある。

最近よくやるのが、画面をそのままChatGPTに見せることだ。

パソコンの設定で分からない。

アプリの操作が分からない。

そんなとき、文章で状況を説明するのは結構面倒だ。

だからスクリーンショットを送って、

「これ、どうすればいい?」

と聞く。

すると、

「その画面なら、ここを押して」

という話になる。

もちろん一発で解決しないこともある。

「そんなボタンないよ」

「こっちにもない」

と、また画面を送る。

そうやって二人で――一人とAIで、というべきか――少しずつ原因を探していく。

最近、家の機器を設定したときもそうだった。

最初は仕組みがよく分からなかったのに、実際に動かしながら何度も質問しているうちに、

「ああ、そういうことか」

と分かってきた。

これは普通の検索とはかなり違う。

英語については、かなり信用している

僕が一番安心して任せているのは、英語かもしれない。

このブログでも時々書いているけれど、僕はChatGPTとの会話の中で英作文をしている。

間違っていれば直してもらう。

もっと自然な表現があれば教えてもらう。

最近は、日本語で質問したあとに英語でも同じことを書いてみるのが習慣になってきた。

この使い方については、かなり信用している。

なぜなら、正解か不正解かだけではなく、

「意味は通じるけれど、普通はこう言う」

というところまで教えてくれるからだ。

これは僕にとって、かなり大きい。

でも、予約や料金は自分の目で見る

一方で、旅行の予約などは別だ。

ホテルはいくらなのか。

キャンセル条件はどうなのか。

予約時にいくら支払うのか。

こういうことはChatGPTにも聞くけれど、最後は必ず自分で予約画面を見る。

料金は変わるし、条件も変わる。

AIが間違えれば困る、というより、最後にお金を払うのは僕だからだ。

考えてみれば当然である。

ChatGPTを信用するのではなく、使い分ける

最近になって、僕なりの使い方がだんだん決まってきた。

英語や文章の相談は、かなり任せる。

分からないことを理解するための説明も、まず聞いてみる。

パソコンや家電で困ったら、画面を見せながら一緒に考える。

でも、数字、料金、最新情報などは確認する。

そして、

「それ、本当?」

と思ったら遠慮なく聞き返す。

ChatGPTを使い始めたころの僕は、

「AIは信用できるのか」

と考えていた気がする。

今は少し違う。

「これは任せていい。これは自分でも確認した方がいい」

その区別が、だんだん分かるようになってきた。

ひょっとすると、AIを使うのが上手くなるというのは、質問の仕方が上手くなることだけではないのかもしれない。

どこまで信用していいかが分かること。

それも、AIを使う技術の一つなのだと思う。

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