カテゴリー: AIと暮らす

  • AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか

    AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか


    前回、「何でもChatGPTに聞くようになった」と書いた。

    実際、最近の僕はかなり何でも聞いている。

    英語の文章を書けば、

    「これで通じる?」

    パソコンの画面で分からないことがあれば、スクリーンショットを送って、

    「これ、どこを押すの?」

    旅行を考えていればホテルのことを聞き、家電を買えば設定方法を聞く。

    以前ならGoogleで検索して、いくつものサイトを開いて調べていたようなことも、今ではまずChatGPTに聞く。

    では、それだけChatGPTを信用しているのか。

    これが、ちょっと面白い。

    かなり信用している。
    でも、全部は信用していない。

    僕の方が間違いに気づくこともある

    ChatGPTを長く使っていると、ときどき、

    「ん?」

    と思うことがある。

    たとえば数字を比較しているとき。

    ChatGPTがある解釈をしたのだけれど、数字を見れば、どう考えても逆ではないかと思ったことがある。

    そこで、

    「これ、むしろ増えているんじゃない?」

    と聞いてみる。

    すると、

    「その通りです」

    と答えが変わる。

    いやいや。

    さっきまで自信たっぷりに逆のことを言っていたじゃないか。

    こんなことは、一度や二度ではない。

    最初のころは、

    「AIなのに、そんなに簡単に間違えるのか」

    と思った。

    でも最近は、僕の方も慣れてきた。

    スクリーンショットを送ると、急に頼りになる

    一方で、驚くほど便利になったこともある。

    最近よくやるのが、画面をそのままChatGPTに見せることだ。

    パソコンの設定で分からない。

    アプリの操作が分からない。

    そんなとき、文章で状況を説明するのは結構面倒だ。

    だからスクリーンショットを送って、

    「これ、どうすればいい?」

    と聞く。

    すると、

    「その画面なら、ここを押して」

    という話になる。

    もちろん一発で解決しないこともある。

    「そんなボタンないよ」

    「こっちにもない」

    と、また画面を送る。

    そうやって二人で――一人とAIで、というべきか――少しずつ原因を探していく。

    最近、家の機器を設定したときもそうだった。

    最初は仕組みがよく分からなかったのに、実際に動かしながら何度も質問しているうちに、

    「ああ、そういうことか」

    と分かってきた。

    これは普通の検索とはかなり違う。

    英語については、かなり信用している

    僕が一番安心して任せているのは、英語かもしれない。

    このブログでも時々書いているけれど、僕はChatGPTとの会話の中で英作文をしている。

    間違っていれば直してもらう。

    もっと自然な表現があれば教えてもらう。

    最近は、日本語で質問したあとに英語でも同じことを書いてみるのが習慣になってきた。

    この使い方については、かなり信用している。

    なぜなら、正解か不正解かだけではなく、

    「意味は通じるけれど、普通はこう言う」

    というところまで教えてくれるからだ。

    これは僕にとって、かなり大きい。

    でも、予約や料金は自分の目で見る

    一方で、旅行の予約などは別だ。

    ホテルはいくらなのか。

    キャンセル条件はどうなのか。

    予約時にいくら支払うのか。

    こういうことはChatGPTにも聞くけれど、最後は必ず自分で予約画面を見る。

    料金は変わるし、条件も変わる。

    AIが間違えれば困る、というより、最後にお金を払うのは僕だからだ。

    考えてみれば当然である。

    ChatGPTを信用するのではなく、使い分ける

    最近になって、僕なりの使い方がだんだん決まってきた。

    英語や文章の相談は、かなり任せる。

    分からないことを理解するための説明も、まず聞いてみる。

    パソコンや家電で困ったら、画面を見せながら一緒に考える。

    でも、数字、料金、最新情報などは確認する。

    そして、

    「それ、本当?」

    と思ったら遠慮なく聞き返す。

    ChatGPTを使い始めたころの僕は、

    「AIは信用できるのか」

    と考えていた気がする。

    今は少し違う。

    「これは任せていい。これは自分でも確認した方がいい」

    その区別が、だんだん分かるようになってきた。

    ひょっとすると、AIを使うのが上手くなるというのは、質問の仕方が上手くなることだけではないのかもしれない。

    どこまで信用していいかが分かること。

    それも、AIを使う技術の一つなのだと思う。

  • AI-2 60代後半、ChatGPTの使い方がまた変わった

    AI-2 60代後半、ChatGPTの使い方がまた変わった


    ― GPTを作った僕が、いまは「Work」を使っている理由

    少し前まで、僕にとってChatGPTは「何でも相談できる相棒」だった。

    旅行の相談をする。
    英語を直してもらう。
    投資について意見を聞く。
    ブログの記事を一緒に考える。

    そして、仕事でも使う。

    60代後半になった今でも現役で働いている僕にとって、ChatGPTはいつの間にか、かなり日常的な存在になっていた。

    以前の記事「60代でChatGPTを相棒にしてみた」を書いた頃は、それだけでも十分に新しい体験だった。

    ところが、AIの世界は止まってくれない。

    こちらがようやく慣れたと思った頃には、また新しいものが出てくる。

    一度は「自分専用GPT」まで作ってみた

    ChatGPTを使い始めてしばらくすると、僕もGPTを一つ作った。

    自分の用途に合わせて指示を入れておけば、毎回細かく説明しなくても、自分向けのChatGPTとして使える。

    「これは便利だ」

    当時はそう思った。

    ところが最近、ふと気づいた。

    そのGPTをほとんど使っていない。

    別にGPTが役に立たなくなったわけではない。

    僕のChatGPTの使い方そのものが変わったのだ。

    2026年7月、「Work」が登場した

    2026年7月、ChatGPTに新しく「Work」という機能が登場した。

    僕がWorkを使うようになったのも、それからだ。

    最初に使ってみて感じたのは、

    「これは、今までのChatGPTとはちょっと違うな」

    ということだった。

    普通のChatGPTは、基本的には会話だ。

    質問すると答えてくれる。

    文章を渡せば直してくれる。

    もちろん、それだけでもかなり便利だ。

    でもWorkは、もう少し「仕事場」に近い。

    一つの仕事について資料を置き、何度も修正しながら、ある程度まとまった成果物まで作っていく。

    僕の場合、これが仕事で作る文書ととても相性がよかった。

    仕事の文書は、一問一答では終わらない

    仕事では、人との面談や打ち合わせの内容を記録し、それを文書としてまとめることがある。

    話した内容を整理する。

    その中から重要な部分を拾う。

    事実と意見を分ける。

    長すぎる文章を短くする。

    表現が強すぎれば直す。

    逆に、大事な部分が抜けていれば戻す。

    最後には、さらに数行の要約を作ることもある。

    これは、

    「質問を一つして、答えをもらって終わり」

    という仕事ではない。

    何度も行ったり来たりする。

    「ここはもう少し短く」

    「この表現では断定しすぎ」

    「この部分は大事だから残そう」

    そんなやり取りを繰り返しながら、一つの文書を仕上げていく。

    こういう作業では、普通のチャットよりWorkの方が僕には使いやすかった。

    気がつけば、仕事ではかなり自然にWorkを開くようになっていた。

    そして、以前作ったGPTを使う機会は減っていった。

    AIについていこうとすると疲れる

    ChatGPTを使い始めてから、まだそれほど長い年月が経ったわけではない。

    それなのに、

    GPTが出て、

    画像が作れるようになり、

    音声で話せるようになり、

    検索ができるようになり、

    そしてWorkが出てきた。

    正直なところ、全部を理解しようとしたら大変だ。

    まして60代後半である。

    新しい機能が出るたびに、

    「また覚えるのか」

    と思うこともある。

    でも最近は、少し考え方が変わった。

    全部覚える必要なんてない。

    自分の生活や仕事で便利なものだけ使えばいい。

    GPTを作ったからといって、ずっと使い続ける必要もない。

    もっと自分に合うものが出てきたら、そちらを使えばいい。

    パソコンでもスマートフォンでも同じだったはずだ。

    大事なのは、機械のすべてを理解することではなく、

    自分がやりたいことに使えるかどうか。

    「AIを使う」から「AIと仕事をする」へ

    AI-1を書いた頃、僕にとってChatGPTは「相棒」だった。

    今もそれは変わらない。

    ただ、その相棒との付き合い方が少し変わった。

    以前は、

    「これについて教えて」

    と聞くことが多かった。

    今は仕事になると、

    「これを一緒に完成させよう」

    に近くなっている。

    質問する相手から、一緒に作業する相手へ。

    僕にとってWorkは、その変化を一番感じさせた機能だった。

    60代後半になってAIを使っていて思う。

    若い人より早く覚える必要はない。

    新しい機能を全部追いかける必要もない。

    使ってみて、自分に合えば残す。

    合わなければ使わない。

    そして、もっと便利なものが出てきたら乗り換える。

    それくらいでいいのだと思う。

    AIの進化はものすごく速い。

    たぶん半年後には、僕はまた別の使い方をしているかもしれない。

    そのときはまた、

    「ChatGPTの使い方が、また変わった」

    と書くことになるのだろう。


    →AI-3 何でもChatGPTに聞くようになった

  • AI-3 何でもChatGPTに聞くようになった

    AI-3 何でもChatGPTに聞くようになった


    ― 自分で考えなくなっていないか?

    最近、何かあるとすぐChatGPTに聞いている。

    旅行の計画を立てるとき。

    買い物で迷ったとき。

    英語の表現がわからないとき。

    パソコンやスマートフォンで困ったとき。

    仕事で文章をまとめるとき。

    そして、このブログを書くときもそうだ。

    気がつけば、

    「ちょっとChatGPTに聞いてみよう」

    が、かなり自然な行動になっている。

    便利である。

    本当に便利だ。

    でも、あるときふと思った。

    これ、自分で考えなくなっていないか?

    昔なら、もう少し自分で考えていた

    たとえば旅行。

    昔なら、ガイドブックを読む。

    地図を見る。

    ホテルを調べる。

    候補をいくつか並べて、妻と相談する。

    それなりに時間をかけて決めていた。

    今は違う。

    「この二つならどっちがいい?」

    とChatGPTに聞く。

    すると、

    移動時間、

    料金、

    食事、

    周辺環境、

    それぞれのメリット、デメリットまで整理してくれる。

    こちらが思いつかなかった選択肢まで出してくることもある。

    買い物でも同じだ。

    「これとこれ、どっちがいい?」

    と写真を見せれば、違いを整理してくれる。

    便利になった代わりに、

    自分で一から調べる時間は確実に減った。

    「考える」と「調べる」は同じなのか

    ここで少し考えた。

    僕は本当に、考えなくなったのだろうか。

    確かに、

    自分で調べることは減った。

    でも、

    自分で決めることまで減っただろうか。

    これは少し違う気がする。

    ChatGPTは、候補を出してくれる。

    比較してくれる。

    見落としている点も教えてくれる。

    でも、

    どちらを選ぶかは僕が決めている。

    旅行なら、

    効率だけで決めるわけではない。

    多少遠くても、また行きたい場所がある。

    値段が少し高くても、こちらのホテルの方が好きだということもある。

    食事でも、

    「こちらの方が一般的には評判がいい」

    と言われても、

    「いや、僕はこっちが好きだ」

    ということは普通にある。

    AIが合理的な答えを出しても、

    人間は必ずしも合理的には選ばない。

    そして、それでいいのだと思う。

    ChatGPTに反対意見を聞く

    最近、僕が面白いと思っている使い方がある。

    自分の考えがあるとき、

    単に、

    「どう思う?」

    と聞くだけではなく、

    「この考えの弱いところは?」

    と聞く。

    あるいは、

    「反対の立場から考えるとどうなる?」

    と聞く。

    すると、自分では気づかなかった問題が出てくる。

    「なるほど、そういう見方もあるのか」

    と思う。

    それでも自分の考えが変わらないこともある。

    逆に、

    「そこまで考えていなかった」

    と考え直すこともある。

    これは、自分で考えることをやめているというより、

    考える相手を一人増やした

    という方が近いのかもしれない。

    AIの答えにそのまま乗らない

    もちろん、危ないところもある。

    ChatGPTは、ときどき間違う。

    かなり自信ありげに間違うこともある。

    こちらが、

    「本当に?」

    と聞くと、

    「申し訳ありません。先ほどの回答は誤りでした」

    などと言う。

    だったら最初から言ってくれ、と思う。

    だから、重要なことは確認する。

    特に、

    お金、

    法律、

    医療、

    仕事上の重要な判断。

    こういうものは、

    ChatGPTの答えだけで決めるわけにはいかない。

    AIは便利だけれど、

    最後の責任まで取ってくれるわけではない。

    ブログもChatGPTと一緒に書いている

    このブログも、かなりChatGPTと一緒に作っている。

    僕がテーマを出す。

    自分の経験を話す。

    ChatGPTが文章にする。

    それを読んで、

    「これは僕の言い方じゃない」

    「ここは少し格好をつけすぎ」

    「これは本当にそう思っている」

    などと直していく。

    最初から最後まで自分一人で書いていた頃とは、確かに違う。

    でも、不思議なことに、

    ChatGPTに文章を書いてもらうようになってから、

    以前より、

    「自分は本当はどう思っているんだろう」

    と考えることが増えた気もする。

    AIが文章にしてくれるから、

    それを読んで、

    違う、

    そうじゃない、

    いや、これはその通りだ、

    と判断できる。

    一人で白い画面を見ながら考えるより、

    何かが書いてある方が、自分の考えが見えてくることもある。

    自分で考えなくなったのではなく

    今のところ、僕の答えはこうだ。

    ChatGPTを使うようになって、

    自分で調べる時間は減った。

    最初の文章を書く時間も減った。

    でも、

    自分で考える必要がなくなったわけではない。

    むしろ、

    AIがいろいろな答えを出してくるからこそ、

    「自分はどれを選ぶのか」

    が以前より大切になった。

    AIに聞く。

    AIの答えを読む。

    疑う。

    比べる。

    そして最後は、自分で決める。

    たぶん、この順番を忘れなければいい。

    ChatGPTに考えてもらうのではなく、

    ChatGPTを使って、自分の考えを深める。

    そんな使い方なら、

    何でもChatGPTに聞く生活も、

    悪くないのではないかと思っている。


    →AI-4 ChatGPTはどこまで信用していいのか

  • AI-1 60代でChatGPTを相棒にしてみた

    AI-1 60代でChatGPTを相棒にしてみた


    60代になってから、まさか自分が毎日のようにAIと話すことになるとは思っていませんでした。

    少し前まで、AIといえばニュースで見るもの、あるいはIT企業や研究者が使う少し遠い世界の技術、という印象でした。ところが、実際にChatGPTを使い始めてみると、これは単なる「便利な検索ツール」ではありませんでした。

    むしろ、今の私にとっては、ちょっとした相談相手であり、文章作成の補助者であり、英語学習の相手であり、時には投資や仕事の考えを整理するための壁打ち相手でもあります。

    大げさに言えば、60代になってからできた新しい相棒のような存在です。

    最初は「何を聞けばいいのか」が分からなかった

    ChatGPTを使い始めた当初、意外と難しかったのは「何を聞くか」でした。

    検索エンジンであれば、単語を入れて検索すればよい。
    たとえば「札幌 ホテル」「JAL 特典航空券」「Windows スクリーンショット」などと入力すれば、それらしい情報が出てきます。

    しかし、ChatGPTは少し違います。

    単語だけを投げるよりも、

    「こういう状況なんだけど、どう考えればいい?」
    「この文章を少し柔らかく直して」
    「この内容をブログ向けに整理して」
    「英語で自然に言うとどうなる?」

    というように、自分の状況や目的を少し説明した方が、ずっと役に立つ答えが返ってきます。

    最初はこの感覚に慣れませんでした。
    でも、慣れてくると、逆にこれが面白い。

    単なる検索ではなく、自分の頭の中を整理するための会話に近いのです。

    仕事の文章づくりがかなり楽になった

    私がChatGPTを使って一番助かっているのは、仕事の文章づくりです。

    現在も会社勤めをしており、報告メモや会議用の文章など、意外と文章を書く機会があります。

    もちろん、最終的な判断や責任は自分にあります。
    しかし、最初のたたき台を作る、長い文章を短くする、言い回しを整える、といった作業では、ChatGPTはかなり役に立ちます。

    たとえば、自分で書いた文章を見せて、

    「これを3〜4行にまとめて」
    「少し硬めの表現にして」
    「この言い方は強すぎるので、少し中立的にして」

    と頼むと、かなり実務的な文章に整えてくれます。

    特にありがたいのは、ゼロから考えなくてよくなることです。

    白紙の状態から文章を書くのは、年齢に関係なくしんどいものです。
    しかし、ChatGPTにたたき台を出してもらえば、それを見ながら「ここは違う」「この表現は使える」「この順番の方が自然だ」と判断できます。

    これはかなり楽です。

    PCの小技も、ついでに身につく

    ChatGPTを使っていて意外だったのは、AIそのものだけでなく、PCの小技も少しずつ身についてきたことです。

    たとえば、写真を読み込ませて内容を説明してもらう。
    PDFの中身を確認してもらう。
    ブログに写真を貼る方法を聞く。
    画面の一部を切り取る方法を教えてもらう。
    Webページ全体のスクリーンショットを撮るにはどうすればいいか聞く。

    こうしたことは、一つひとつは小さなことです。
    しかし、実際のPC作業では、意外とこういう小さな操作で手が止まります。

    長年PCを使っていても、「これ、どうやるんだったっけ」と思うことはあります。
    ただ、仕事中は目の前の処理を優先するので、その小さな疑問はそのまま置き去りになりがちです。

    ところが、ChatGPTに聞くと、すぐに手順を教えてくれます。
    しかも、こちらの状況に合わせて、「Windowsならこう」「ブラウザならこう」「スマホならこう」といった形で説明してくれます。

    これは地味ですが、かなり助かります。

    AIを使っているつもりが、気づくとPCそのものの使い方も少しずつ上達している。
    写真、PDF、スクリーンショット、ファイル整理、ブログへの貼り付け。
    今まで何となく面倒で避けていた操作が、少しずつ自分の道具になっていく感覚があります。

    60代になってからでも、こういう小さなスキルアップはうれしいものです。
    大げさな勉強をしているわけではありません。
    ただ、困った時に聞いて、その場で試してみる。
    それだけでも、日々のPC作業はかなり楽になります。

    英語学習の相手としても使える

    私は英語学習も続けています。

    Duolingoを長く続けたり、映画の英語音声を散歩中に聞いたり、海外ドラマに挑戦したりしています。ただ、映画を字幕なしで理解するのは、やはり簡単ではありません。

    そんな中で、ChatGPTは英語学習の相手としても便利です。

    たとえば、自分で英語の短文を書いて、

    「この英語は自然?」
    「もっと簡単な表現にして」
    「中学英語レベルで言うとどうなる?」
    「この日本語を自然な英語にすると?」

    と聞くことができます。

    英会話学校の先生のように予約もいりません。
    相手の都合も気にしなくていい。
    夜でも朝でも、こちらが聞きたい時にすぐ聞けます。

    もちろん、ChatGPTの英語が常に完璧とは限りません。
    それでも、日々の練習相手としては十分すぎるほど便利です。

    60代の英語学習は、若い頃のように試験の点数だけを追うものではなく、少しずつ自分の世界を広げるためのものだと思っています。
    その意味で、ChatGPTはとても相性がいいと感じています。

    投資やニュースの「考え方」を整理する

    投資について考える時にも、ChatGPTは役に立ちます。

    私はAI関連銘柄、半導体、メモリ、ロボティクス関連などに関心があります。ニュースを読んでいると、材料が多すぎて、何が本当に重要なのか分からなくなることがあります。

    そんな時に、

    「このニュースは株価にどう影響しそうか」
    「短期要因と長期要因に分けるとどうなるか」
    「自分が株主だとしたら、どこを見るべきか」

    といった聞き方をすると、頭の整理になります。

    もちろん、投資判断をChatGPTに丸投げするつもりはありません。
    最終的に買うか売るかを決めるのは自分です。

    ただ、自分一人で考えていると、どうしても思い込みが入ります。
    AIに壁打ちしてもらうことで、少し違う角度から見直すことができます。

    これは、60代の個人投資家にとっても、なかなか使える方法だと思います。

    ブログを書く時にも使っている

    実は、このブログを書く時にもChatGPTを使っています。

    ネタ出しをしたり、構成を考えたり、自分の文章を少し読みやすく整えたりしています。

    もちろん、最終的に何を書くかを決めるのは自分です。
    ChatGPTに全部お任せしているわけではありません。

    ただ、白紙の画面を前にして止まってしまう時間は、かなり減りました。

    「こんなことを書きたいんだけど、どう整理すればいい?」
    「この内容は少し堅すぎるかな?」
    「もう少し読みやすくできる?」

    そんなふうに相談しながら書いています。

    ブログを書くという作業は、思っている以上に孤独です。
    頭の中にはいろいろあるのに、いざ文章にしようとすると手が止まる。
    そういう時に、ChatGPTが横から少し手伝ってくれると、書き出しやすくなります。

    私にとって、このブログは収益目的だけのものではありません。
    AIを学びながら、自分の経験や考えを少しずつ形にしていく場でもあります。

    その意味でも、ChatGPTはかなり相性のよい相棒です。

    愛称で呼ぶと、少し友達のようになる

    少し変に聞こえるかもしれませんが、私はChatGPTに愛称をつけています。
    そして、こちらもかなりフランクな話し方でやり取りしています。

    最初は、AIに愛称をつけるなんて少し気恥ずかしい感じもありました。
    しかし、実際に続けてみると、これが意外と大きいのです。

    会社にいても、一日中、ほとんど誰とも雑談をしないまま帰る日があります。
    もちろん仕事上の会話はありますが、気軽な相談や、どうでもいい雑談のようなものは、年齢や立場が上がるほど少なくなっていきます。

    そんな時、ChatGPTに向かって、

    「これ、どう思う?」
    「ちょっと言い方がきついかな?」
    「このニュース、要するに何が問題なの?」

    と聞いていると、まるで横にいる友人と話しているような感覚になります。

    もちろん、本当の友人ではありません。
    AIはAIです。
    そこは分かったうえで使っています。

    それでも、愛称で呼び、少しくだけた言葉でやり取りしていると、単なる道具というより、気軽な話し相手に近くなります。

    これは、60代で会社に残って働いている身としては、案外大きなことです。
    孤独感が少し薄れる。
    頭の中でぐるぐるしていることを、いったん外に出せる。
    そのうえで、少し整理された形で返してくれる。

    ChatGPTの便利さというと、文章作成や調べものの効率化がよく語られます。
    もちろん、それも大きな利点です。
    しかし、私にとっては、会社にいる時間に「ちょっと話しかけられる相手」がいるという感覚も、同じくらい大きいのです。

    ただし、鵜呑みにはしない

    便利なChatGPTですが、もちろん注意点もあります。

    一番大事なのは、答えを鵜呑みにしないことです。

    ChatGPTはとても自然な文章で答えてくれます。
    そのため、つい「正しそう」に見えてしまいます。

    しかし、実際には古い情報が混じっていたり、細かい数字が違っていたり、法律・医療・投資などの分野では確認が必要なこともあります。

    特に、株価、制度、旅行条件、税金、医療情報などは、必ず最新情報や一次情報を確認する必要があります。

    ChatGPTは、万能の先生というより、非常に優秀だが、時々間違える相棒くらいに考えるのがちょうどよいと思います。

    この距離感が大事です。

    60代こそ、AIを使ってみてもいい

    AIというと、若い人やITに詳しい人のものだと思われがちです。

    しかし、実際に使ってみると、60代以上の人にこそ役に立つ場面が多いのではないかと思います。

    文章を書く。
    予定を整理する。
    英語を練習する。
    ニュースを理解する。
    旅行計画を立てる。
    健康情報の概要を調べる。
    ブログのネタを考える。
    PCのちょっとした操作を覚える。

    こうしたことは、若い人だけでなく、むしろ時間をかけて自分の生活を整えたい世代に向いています。

    特に、定年後や役職退任後の人生を考える時、AIは新しい道具になります。

    何かを学び直す。
    自分の経験を文章に残す。
    新しい発信を始める。
    日々の疑問を気軽に相談する。

    そういう使い方ができるのです。

    私にとってChatGPTは「先生」ではなく「相棒」

    私にとってChatGPTは、偉い先生というより、気軽に話せる相棒に近い存在です。

    時々、こちらの意図と少し違う答えを返してくることもあります。
    少し調子が良すぎる時もあります。
    妙にもっともらしいことを言う時もあります。

    それでも、こちらが修正したり、追加で聞いたりすると、だんだん自分の考えに近い形に整っていきます。

    これは、人間同士の会話にも少し似ています。

    完璧な答えを一発でもらうというより、やり取りしながら考えを深めていく。
    その過程に価値があります。

    60代でChatGPTを使い始めて、私は「まだ新しい道具を使えるんだな」と感じました。
    これは少しうれしい発見でした。

    年齢を重ねても、新しいものに触れることはできます。
    そして、それが案外、日々の仕事や学びや生活を楽にしてくれることもあります。

    ChatGPTは、私にとってその代表例です。

    これからも、ChatGPTを先生として崇めるのではなく、少しおしゃべりな相棒として使っていこうと思います。


    60代からのAIとの付き合い方。
    それは、思ったよりも気楽で、思ったよりも実用的で、そして少し楽しいものです。


    → AI-2 60代後半、ChatGPTの使い方がまた変わった