銀行の回答書を確認することはできなかった。
警察へ渡した資料も、手元にはなかった。
払戻伝票も見ることができない。
それでも私は、しばらくの間、この問題をもう少し追えるのではないかと思っていた。
だが、現実には次第に難しくなっていった。
一番大きかったのは、K社長自身がほとんど動けなくなっていたことだった。
銀行へ行く。
弁護士に会う。
静岡県側の警察へ相談に行く。
どれも、本人の協力なしには進めにくい。
私は正式な代理人でもなければ、家族でもない。
知人として資料を整理し、問い合わせを手伝うことはできても、本人に代わってすべてを進めることはできなかった。
全国銀行協会まで相談すれば、さすがに何かは動く。
私は、どこかでそう思っていた。
だが、結果は変わらなかった。
では、次に何をすればいいのか。
弁護士に改めて動いてもらうのか。
K社長に静岡県側の警察へ行ってもらうのか。
訴訟まで考えるのか。
そこまで行けば、もはや私が知人として少し手伝うという範囲を超えていた。
しかも、その頃にはK社長自身がほとんど自由に動けなくなっていた。
正直に言えば、私自身も少し腰が引けていた。
もう一つ、大きなきっかけがあった。
私の勤務先が、新宿から神田へ移ったのである。
それまでは、K社長の事務所がある新宿が、私の日常の動線の中にあった。
仕事の帰りに寄る。
少し顔を出す。
一緒にビールを飲みながら話を聞く。
そういうことが簡単にできた。
ところが、勤務先が神田へ移ると、新宿は「わざわざ行く場所」になった。
ほんの少しの距離の違いである。
だが、人間の付き合いというのは、そんな小さな変化で意外なほど変わる。
「今日は寄ってみよう」
と思う機会が減った。
K社長からも、以前ほど頻繁に連絡が来なくなった。
私からも、銀行の件について積極的に動くことが減った。
忘れたわけではなかった。
ただ、
この問題は、もう自分の力では解決できないのかもしれない。
そう思うようになっていた。
最後にいつ会ったのか。
最後にいつ電話で話したのか。
今となっては、正確には思い出せない。
連絡を取らない時間だけが、少しずつ長くなっていった。

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