7-9 第9話 もう、聞くことはできない


2026年8月。

私は、久しぶりにK社長のことを思い出した。

ずいぶん長く連絡を取っていない。

どうしているだろうか。

私は、彼の会社へ電話をかけた。

電話に出たのは、最後まで会社に残っていた従業員だった。

私は尋ねた。

「K社長、いらっしゃいますか」

少し間があった。

そして、

「社長は、もう二年以上前に亡くなりました」

と返ってきた。

第1話の冒頭に書いた、あの言葉である。

だが、そのときの私は、すぐには言葉が出なかった。

亡くなる前、K社長は弟に電話をかけ、

「痛い、痛い」

と訴えていたという。

翌日、弟が部屋を訪ねたときには、すでに亡くなっていた。

葬儀は家族だけでひっそり行われた。

私は何も知らなかった。

もっと早く電話していれば。

そう思わなかったと言えば嘘になる。

だが同時に、当時の自分が、この問題をどう進めればいいのか分からなくなっていたことも事実だった。

銀行へ問い合わせた。

消費者センターにも相談した。

全国銀行協会にも話を持ち込んだ。

回答書を探した。

警察へ渡した資料も確認できなかった。

K社長自身も、ほとんど動けなくなっていた。

そして私も、少しずつこの問題から離れていった。

だから、

「もっと何かできたはずだ」

と簡単に言うこともできない。

それでも、K社長が亡くなったと聞いたとき、一つだけ強く思った。

もう、本人に確かめることはできない。

2006年6月8日、支店で何があったのか。

「白紙の領収証」と呼んでいた書類は、本当は何だったのか。

約1,000万円を振り込むという話の残り、約455万円について、どんな説明を受けたのか。

2019年、支店で見せられた書類と、持ち帰ったコピーは、具体的にどこが違っていたのか。

実印を銀行員が持って執務室へ入ったという話も、もっと詳しく聞いておけばよかった。

そして何より、

本当に、一円も受け取っていないのか。

その答えを、私はもう本人から聞くことができない。

通帳の上では、約1,455万円は確かに払い戻されている。

K社長は、

「自分は受け取っていない」

と言い続けた。

銀行は、

「すでに回答済みである」

と繰り返した。

だが、その回答書を、私は最後まで見ることができなかった。

今となっては、どちらが正しかったのかを断定することはできない。

K社長の記憶違いだったのかもしれない。

正規の手続によって、誰かに支払われていたのかもしれない。

あるいは、本当に銀行内部で何かが起きていたのかもしれない。

私には分からない。

ただ一つだけ、今も変わらない疑問がある。

2006年6月8日。

あの日、口座から払い戻された約1,455万円は、

いったい、誰が受け取ったのか。

その答えを知ることなく、K社長は亡くなった。

そして私は、その答えを本人に確かめることも、もうできなくなった。

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