7-1 消えた一千五百万円


この話は、私が実際に相談を受けた出来事について、当時の資料と私自身の記憶をもとにまとめたものです。
関係者のプライバシーに配慮し、一部の名称は伏せています。
また、銀行側の不正を断定するものではありません。


第1話 「銀行に二千万円取られた」

古い付き合いの不動産会社社長が、亡くなった。

その事実を私が知ったのは、彼の死から二年以上が過ぎた、2026年8月のことだった。

しばらく連絡を取っていなかった彼の会社へ電話をかけると、最後まで会社に残っていた従業員から、

「社長は、もう二年以上前に亡くなりました」

と告げられた。

私は何も知らなかった。

彼とは、三十年以上前からの付き合いだった。

若い頃はパンチパーマで、不動産業界の修羅場をくぐり、大きな金を動かしてきた男だった。

そんな彼が晩年、私に繰り返し訴えていたことがある。

彼にとって、最後まで心残りだったに違いない。

そう思わずにはいられない、信じ難い話だった。

「銀行に、二千万円取られたんだ」

借金を取り立てられたという話ではない。

投資商品を勧められて損をしたという話でもない。

自分が受け取ることになっていた預金を、銀行員に取られた。

彼は、そう言っていた。

もちろん、私はその話を最初から信じたわけではない。

銀行員が顧客の預金を持ち去るなど、普通ならあり得ない。

だが、彼が差し出した古い通帳や書類を見ていくうちに、私は少しずつ、この話から離れられなくなっていった。

約一千五百万円の預金は、確かに一日で払い戻され、残高はゼロになっていた。

そして、その日付は、担当した銀行員が退職したとK社長が聞いた日と同じだった。

これは、彼の死を悼むために書く記録である。

同時に、彼が生きている間に解明できなかった、約一千五百万円の行方をたどる話でもある。

K社長との付き合いは長い。

私がまだ名古屋でマンション開発の仕事をしていた頃まで遡る。

K社長は、私の上司の古い知人だった。

愛知県内のマンション用地を紹介してもらい、それを私の担当案件として購入したことが、付き合いの始まりだった。

それ以来、彼が東京から名古屋へ来ると、上司と私を交えて三人で飲むようになった。

私が東京へ戻った後も、付き合いは続いた。

K社長は、新宿にある大規模マンションの管理組合理事長を務めていた。

住居だけでなく、事務所や店舗も入る、古い巨大な建物だった。

彼は、その建替えについて、ときどき私に相談した。

当時のK社長は、実際にパンチパーマだった。

大柄な身体に、よく通る低い声。

初対面の人なら、少し身構えたかもしれない。

だが、私と話すときは、いつも普通の紳士だった。

酒を飲んだ後にカラオケへ行くと、低く響く声で演歌を歌った。

後に聞いたところでは、学生時代は大学の応援団に所属していたという。

海千山千の不動産屋。

そんな言葉がよく似合う人物だった。

その後、私の仕事が変わり、しばらく疎遠になった。

再び会うようになったのは、私が定年退職した後である。

仕事に関係する資格登録を変更する必要があり、K社長の会社に協力してもらった。

2019年に再会したとき、彼はもうパンチパーマではなかった。

以前より小さくなったようにも見えた。

杖を使っていたが、まだ自分で歩くことはできた。

彼の会社が入っている建物の一階には、小さな飲食店があり、そこで一緒にビールを飲むこともあった。

ところが、その後、足は急速に悪くなった。

やがて一階の店へ下りることも難しくなり、私たちは彼の部屋でビールを飲みながら話すようになった。

銀行の話を本格的に聞いたのは、2021年の暮れ頃だったと思う。

「銀行に二千万円取られたんだ」

K社長は、最初そう言った。

しかし、資料を確認すると、実際の預金額はもう少し少なかった。

普通預金が1,354万6,120円。

定期預金が100万円。

合計1,454万6,120円。

「二千万円じゃなかったんですね」

私が言うと、K社長は、それだけでも少しがっかりした様子だった。

だが、問題は金額の違いではない。

その約1,455万円が、口座からすべて消えていたのである。

この金には、少し事情があった。

K社長が管理に関わっていたマンションの住人の一人に、身寄りのない男性がいた。

その男性はK社長と親しくなり、生前、

「自分が死んだら、財産はあなたに残す」

という趣旨の遺言を残していたという。

男性が亡くなった後、K社長は、その遺言に基づいて預金を受け取るための手続きを進めることになった。

それが、普通預金と定期預金を合わせた約1,455万円だった。

K社長は、その金にすぐ手を付ける必要がなかった。

「銀行に置いておけば、なくなることはない」

彼は、そう信じていた。

だから長い間、通帳を確認しなかった。

やがて、自分の会社で長く働いた社員たちに、退職金代わりとして分けてやろうと考えた。

そこで、久しぶりに預金を引き出そうとした。

残高はなかった。

「いつから、なかったんですか」

私が尋ねると、K社長は古い日付を口にした。

2006年6月8日。

十五年以上も前だった。

「十五年も確認しなかったんですか」

私は思わず聞き返した。

「銀行にあると思ってたんだよ」

K社長は、当然のことを説明するように答えた。

私は、ますます疑わしく思った。

十五年以上も口座を確認せず、今になって銀行員に取られたと言われても、簡単には信じられない。

本人が受け取ったことを忘れている可能性もある。

別の口座へ移していた可能性もある。

弁護士や税理士が何らかの手続に関わっていた可能性もある。

だが、K社長の話には、妙に具体的な部分があった。

2006年6月8日。

銀行の支店で、ある書類に実印を押したというのである。

K社長は、それを、

「白紙の領収証」

と呼んでいた。

「白紙の領収証に?」

私は聞き返した。

「銀行の人が必要だって言ったから」

私は頭を抱えたくなった。

そして、この「白紙の領収証」が、話の最初の大きな疑問になった。


→ 第2話「白紙の領収証」へ

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です